如月 味の歳時記  馳走 菊水庵

   暦の上では、立春  しかし現実はまだまだ厳しい冷え込みも増す二月です。
如月 中国の最古の書にも 如の如しと書かれています。
その他、如月の語源としては、生更木 [雪を割、草木が芽吹くころ】
来更来 【年明けの新春から、再び立春の春が来る】
衣更着【寒さゆえ衣を重ね着する】など、それらが訛って出来た語源説もあります。
日本語って、楽しいですね。

古くから私たち日本人は古くから、移り変わる季節を共に生き、花鳥風月を愛でそして美しい四季ごとの 年中行事を知恵と共に生活に取り入れ、文化と大切な絆を守ってきました。


ただ、世の中もだんだんと便利になり、季節感もなくなり  大事な物も、失いつつるのは寂しい事ですね。

立春、一年の季節の目安は、この立春を初めに決められています。立春大吉、八十八夜もこの日から数えます。

この季節も、様々な花が咲くのですが、花の好きな亡き祖母は;水仙とさざんかが お気に入りでした。

凜とした姿と、ほんのりと香る爽やかな匂い、私も好きな花の一つです。

ギリシャ神話に登場する、美しい少年、ナルシッサスは毎日のように、池や川 みずがめに映る自分に見とれ、最後はこの、水仙の花になったと伝えられています。


その花言葉も、自惚れ、自己愛、高貴  まさにナルシスト 花咲く 春に会う

そして、さざんか、この花は椿科ですが、花弁が細かく、散る時も椿のように花一輪事落ちず、花びらが一枚づつ落ちていきます。


祖母も、千両と抱き合わせで生ける時に

「椿と違って、首が落ちないから好き 椿の花が散る樣を見ると、あの赤といい、何だか戦争で死んだ叔父さんを思い出してしまいうのよ。」 

と話しておりました

      刹那 その一瞬の命だからこそ、美しいのでしょうか。

ご近所の方に頂いた、鯉。庭には池がありその横には、冷たい湧き水が流れていて、祖母は

「少し狭い所で我慢してきたでしょうから、しばらくゆっくり休んでもらいましょうか、泥を吐かせて身を引き締めましょう。」 と鯉を静かに離しました。

二,三日泳がせた鯉は、鰭の上から筒切りにされ、鯉こくと鯉のあめ煮 に姿を変え、食卓にのぽりました
この、魚は捨てる所がなく鱗ですら、筒切りの身とともにことことと炊きあげると柔らかく美味です。


鯉こくは、あらを鍋に入れ酒と水を注ぎ、ゆっくり煮出します。少し煮詰まってきたら、再び酒とを足し、それを三回繰り返します。すると出しの色は、琥珀色に輝き、その香りは子どもの私でもわかる、それはそれは、香ばしい美味しそうな薫りでした。


祖母は、自分の料理ノートに書かれたページを指指すと、

「これは、北大路魯山人と言う芸術家の好きな料理方法なのよ。戴いた命は無駄にせず、全て活かしきる。と書いてあるでしょ」 

長年愛用の黒金の庖丁を研ぎながら、祖母は台所でつまみ食いをする私に話していたことを思い出します。
その庖丁は、祖母の母親が私たもの、他の道具、竹製の味噌濾しや、柳と銀杏のまな板、ぼんざる、塗り物、ほとんどの物が代々譲り渡され、使い込まれた道具です  

値段も張る物多いでしょうが、昔の職人さんが作った物、そう簡単には壊れません。逆に使い込まれた道具は、命が吹き込まれると言うんでしょうか、味わい深い物があります。


修業中は、大晦日ともなると、大掃除の後、庖丁も磨き 全ての庖丁は和紙の上に並べられ、鏡餅 御神酒 とお供えして、お正月のお休みを頂いたものです。

「この庖丁は、話はしねえし、黙っているが、苦労も一緒に楽しさも一緒に そして何より命をもらって給料をもらっている。一年間ご苦労様と休んでもらうんだ  」と親方の話。

失うものの、大切さ 伝える 繋ぐ 結ぶ  忘れてはならない物はたくさんありますね。

親方が、ほろ酔いになると、良く口ずさむ小唄がありました。

      粋な板前     小粋な煮方     

                          色で 苦労する            焼き方さん

馳走      菊水庵                     石心   虚空 残心   一期一会