師走 味の歳時記

師走 味の歳時記  



年の瀬も迫ってきますと、何とはなしに忙しくなってきますね。

師走   まさしく、先生や、僧侶、そして親も仕事に追われる事から、師走。

忙しいとは、心を亡くす  と書きますが、何とも寂しい言葉ですね。

日本も徐々に冷えこんできたころでしょうか?

紅葉もはらはらと散り行くゆえに、また美しく、こけむした庭に赤の紅葉と黄の銀杏が散るさまは、そのコントラスト  情景が目に浮かびます。

祖母の家に冬休みが来ると 正月を迎えるため母と泊まりがけで出かけましたが、亡き祖母の愛した庭は、夏休みの時とは全くその趣と季節の流れで、変わっていました。

一晩明けたその庭には、薄く氷が張っていたことを思い出します。

その庭の池も、やはり凍っていて、その上には柿の葉や、早咲きのさざんか、秋の草木茶花が赤黄さまざまに散っていました。

 

年末ともなると、祖母と母はお節の用意や餅付きの支度、鏡餅、氏神様の御供えなどの準備でそれこそ、師走、忙しくしていました。しかし、心を亡くすほど忙しくしたか?と言うと、そうではありませんでした。

煮豆のために浸した戻し汁も(この水もおだしの隠し味で使うのよとそして、一杯の味噌汁のために朝から鰹を削っておりました。

ですから、私の料理の根っこにあるものとは、祖母の生き方と立居振る舞いでありますね 

その季節にあった素材のやりくりをして、子供の頃に聞いた庖丁の音も物を炊く音も、その五感を擽っていたのです。使い込まれた竹製のみそこし ぼんざる 木じゃくし すりこぎ  それは長年愛用され、私は凛としたその潔さを感じました。

祖母の料理ノートにも書かれていた、料理研究家の中江百合さんの言葉ですが、

「いの一番、料理は親切」

老人には老人向き 若い人には若い人向き その人の嗜好に叶うように料理して材料に対しては愛を持って取り扱ってやることですどんな立派な材料でも、無慈悲に扱われたのでは良い料理は出来るはずがなく、人に捨てられて省みないような材料でも、使いようによっては、思わぬ美味しい料理もできるというものです

 

野山のひとえだ、芽ぶく若葉の一葉、魚や動物、米の一粒にも命があって、またそれらを食さなければ命を維持できない私達です。

 

春にはめぶき、夏には太陽、秋には紅葉、冬は雪  それぞれの季節事にそれぞれの花が咲きます。そのものの中に身を置き、またそれらの全てが料理に通じるのだと師匠の言葉。

歳の瀬は、これら、亡き祖母の言葉、親方の言葉、その思い 初心に返り、温かなお献立で、皆様のお越しを御待ちしております。

 

師走は甘エビ、甘鯛、本鮪、鮃、鮟鱇、鼈  祖母の拵えた、蕪とお魚のあらだきなど、作って見ましょうか。

 

      子守り柿 ひとつ  初雪の寒椿               馳走  菊水庵

 

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