神無月菊水「 味の歳時記」

 

この月は、陰暦の10月   平安時代の頃よりに 神な月、また 神無月とよばれ、一方では、神の集まる月、また一方では、日本全国の神様が、出雲の国に集まる為各地では神が不在になるため、神無月、神の月などと呼ばれたと言います。

万葉集や、古の和歌など 紐解いて、拾い集めてみると遠い良き日本が目に浮かぶようです。
季節外れの台風とにわか雨、夕立と時雨の季節でもありますが十五夜は十三夜を見ずにして、の通りこの季節の月は、秋の変わり易い雲間から浮き出る姿もまた格別ですね。

あれは、母の三回忌でしたが、私も御彼岸は休むことができず、商いで忙しい母同様十月になってからお寺に行きました。      

以前の祖母と母&#と同じように、お萩、いもがら、里芋、茸のたきあわせなどと共に、二人の好きだった松茸ご飯も用意して、供えさせて頂きました。                    

 

その時は、親不幸ばかりの私と、いつも一緒だった弟弟子も手伝いに来てくれました。

若い衆は、母が好きだったまだ蕾のきんもくせいを用意してくれ、〔女将さんも花が好きでしたでしょう、

私もぐれた時 お世話になりましたから、とやはり、母が好きだったキリンビールの飲み口を開けてくれました。

私は、お寺の厨横に咲いたけいとうの花を見つけ、和尚に声がかけました  以前祖母の庭には、そのけいとうの花がひっそりと咲いていたからです。

時間も夕方近い頃でしたので、夕立前の あの優しい風が竹の笹を揺らし 墓外れの藪からは、虫の音も聴こえておりました。

 

子どものころの情景と記憶の不思議さ 時間はいつもと同じく流れているのでしょうが、優しさってこうゆう事なのでしょうね。

 

「神無月 空の果てより来る時眼ひらく花は あはれなるかも」

                                                                                     斎藤茂吉所  

 

これから来る、秋冷、枯れざれの時をしみじみと 感じる時でもありますね。

祖母の仕上げた小豆あん やっぱり、ちょっと違うなと、供えたお萩を見て感じたものです。

 

祖母は生前、良く話していましたが、家族のために素敵な料理を作る事ができ、様々な工夫や想像の出来る台所からだんだんと今の人達は離れていくなんてねと、呟いていたのを思い出します。

 

「当にお料理は知恵と工夫、心を練る、材料を知らなきゃ、ただの餌になっちまうぜ」  と親方の言葉。

 

「一つの豆腐、一枚の干物、使う素材は同じでも少しでも、相手に訴える事ができたらなぁ!」

 

親方はお銚子を傾けながら話していたのも思い出します。

 

「まず炭火はお湯の沸く程度にしなさい。」 

「お湯は飲み易いように熱からず、ぬるからず、夏は凉しげに、冬はいかにも暖かく、花は野の花の如く生け、刻限は早め、雨降らずとも傘の用意をし お客様の心を心とするのです。」

                          利休

 

 

改めて、心したい言葉ですね。

飽食とこだわりは別のものです。一歩引いて、「こんなものですが」 と、心尽くしを差し上げることができたら幸いです。

 

頭をさげて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもある

                          利休

 

茸、芋、秋野菜、名残のものと、走りのものが楽しめる時でもあります。秋刀魚も脂がのり、白身も美味しくなってきました。

  

                               ようこそ、ようこそ菊水庵へ