七月 味の歳時記 馳走『菊水庵』 by 料亭 菊水

七夕の逢ふ夜の  空のかげみえて   書きならぺたる 文ひろげ月。

 

 

平安時代、貴族の屋敷での七夕祭りにおいては七夕の星に詩歌を詠むならわしがあったと言います。

 

家族や、また公家なども酒を酌み宴の中、和歌を詠み合う風習があったと言います。

 

そのあたりから、文詠み月、文ひろげ月などと呼ばれたと言います

何とも優雅であり、また月や星を愛で、和歌を楽しむと言うのは素敵な催しですね。

 

笹の葉に 願い事を託すのも 和歌を詠み、二星に心を送る大切な行事だったのでしょうね。

 

 

さて、七夕の思い出と;言いますと、私が子どものころ、母の実家に行く途中にある町の七夕祭りを見に行くことになり、私と母と祖母で出かけました。

 

さまざまな彩られた七夕飾りは、今でもわすれられない思いでです と言いますのも、事情があって離れて暮らしていた父と母は、この日待ち合わせをしており、ある料理屋に私達は向かいました。

 

そこで父は迎えてくれたのですが、抱こうとした父の腕に照れくさそうにはにかんだ覚えがあります。

 

そこは、昔父が親方をしていた店でした。

大きなお座敷には、初めて見る生き造りや見たことのない豪華な料理が並んでいました。

 

女将さんや、父の若い衆、番頭さん、芸者さんが次々に挨拶に見え、どんどんお銚子は空いていきました。

 

日本各地を渡り歩き、その頃は学校で教鞭をとっていた父ですが、お銚子も数10本空いた頃、私を膝の上に乗せ、父は祖母と母に(今まで、この子を良く育ててくれた)と涙を浮かべ頭をさげていました。

その時、父は弟子達に名の入った庖丁をわたし、最後にやはり名前の入った柳刀を母に渡して(この子も、料理人になった時は、これを使うように、)と話していました。

 

私も、いつの間にか、意識したわけでも

ないのですが こうして包丁を握る事になったのも、不思議な縁ですね。

 

その庖丁も形見となり また、庖丁を握る私を父は、見ること;ありませんでしたが、少しばかり道を外したときも、人生で寄り道をしたときも、庖丁はいつも、そばにありました。

 

今年は,どんな願をかけましょうか?

 

あのとき食べた、みねおか豆腐は、今もほんのり覚えています。

 

食は記憶であり、心の糧ですね。

 

文月の素材で、皆様のお越しをお待ちしております。

 

                      菊水 総料理長 高橋