卯月

桜咲く季節 卯の花が咲く事から、また 、干支の四番目が卯である事から卯月と呼ばれたとも言います。

卯月   菊水 味の歳時記

「帰国するまでには、来れるだけ足を運びます。」

苦しい時ほど、自分に自信を持てない時ほど、この言葉が身にしみます。

帰る前に 、もう一度、お料理を食べに来ます。と、、、
...
私らの仕事 、いや物作りのお仕事をなさっている方々は皆同じでしょう。

毎日同じ事の繰り返しのようでも、それは全く違っていて 、愚ながらもこの庖丁に向かってこれたのも、この美味しかった 、この一言に生きてきたようなものです。

もう、お会いできないかも知れない 今夜限りかも知れない だからこそ、このご縁の不思議。

桜咲く季節は、出会いと別れが交差する季節、咲くも桜 散るも桜 この刹那にこそ私達を魅力するのでしょうか。

数々の思い出や郷愁、永遠ではないところに生まれる物 一瞬の命に 改めて感謝 そして今日お会いできた事に心から感謝でございます。

お料理も 、墨跡も1回のみ、しくじりは許せません たった1度だからこそ、人の心に響くと思います。

以前頂いた 、桜の押し花を肴に 今夜は一献傾けましょうか。

羨まし 心のままに咲きてとく 清々しくも 散る桜かな。

                         馳走 菊水庵 合掌

 

霜月その言葉通り霜が降りる月。

 

 

 

神無月には、日本の神々が出雲の国に集まり、その土地土地には神々が留守になり、また霜月には、またそれぞれの国に帰るという言い伝え。

 

 

 


お帰りになられた神々や氏神に、秋の実り収穫の祭りで祝う事から、神帰神楽、などとも呼ばれます。

 

 

 

立冬を過ぎる頃から山茶花梅雨と言う雨がしばらく続くのですが、このあたりから朝晩は冷え込み始めます。

 

 

 

私も父が急死した幼少の頃、丁度七五三の年で、田舎の祖母とこの日を迎えました。

 

朝からあいにくの雨でしたが、祖母は母に手袋と雪よけの草履を母に容易をさせましたが案の定その雨は霙から細雪に変わりそれは境内に咲く山茶花竜胆も可哀想な程冷え込んだ事を憶えています。

 

 

 

 

 

冬へ来て   山もあらはに木の葉降り  

 

 

 

                                          残る松さえ    峰に厳しき          祝部成茂

 

 

 

 

 

雪にかわった七五三の日   記念写真を取り雪のちらつく境内からの通りは傘を挿すもの  雨のカッパを着るもの皆寒さからか、近くの甘味処やお蕎麦屋さん鮨屋さんラーメン屋さんに駆け込むように飛び込んで行きました。

 

 

 

祖母と母と私は鮨屋さんに入り食事をしたのですが、まだ子供ながら、二人の雰囲気がこれからの事について話をしていた事は何となくわかったのですが、まだはしゃぎたいさかりで私は湯呑の茶をこぼし、それはひどく叱られた事を憶えています

 

 

 

祖母は、私の手を握り

 

貴方は小さい時から、わがままも言わず、いろいろ我慢してきたわね/

 

 

 

母は、震える声を抑えながら静かに泣いていた様でした。

 

 

 

男泣きに 

 

 

 

            泣かむと    すれば    竜胆が  

 

 

 

                                               我が足下に   ひかりついたり。    北原白秋

 

 

 

真紅なる     山茶花一つ  散り残し  

 

 

 

                                               美しきものの   寂しさを    見る。          窪田空穂

 

 

 

 

 

盆地でしたので、山裾にうっすらと白い絨毯が引かれるのをお鮨屋さんの窓から眺め私達は食事を静かに済ませ、タクシーを待ちました。

 

 

 

この歳は、その後、何度か霙が降りましたが、祖母と母は松の木は鳶の職人に雪支度の縄締めをしてもらい庭や植木などは、自分達で雪囲いをしておりました。

 

 

 

壁腰の花等は昨年作った竹のしの雪よけを設え、これから来る冬に備えるのです。

 

 

 

(こっちの山野草は根腐れしない様に植木鉢に移しましょう  植木鉢を大きさ別に持ってきて頂戴な  

 

祖母は私に土入れや、花事の肥料の違いや赤土腐葉土のバランスの違いを話していた事を思い出します。

 

 

 

(こんな小さな植物も、暑い夏も寒い冬も乗り越えしっかり生きているのね。

 

 

 

        あなたも負けないでしっかりしなければなりませんよ)

 

 

 

古い物をとても大事にする人で、毎日朝は、家紋の入った道具箱から削り節を取り出し台所の厨場で正座で鰹節を削るのが日課でした。

 

 

 

私は、もう削ることの出来ない鰹節の尻尾をもらいキャンデーのように口でしがむのが好きでした。

 

 

 

(ねずみみたいで、はしたないわね)と怒られます。

 

でも、いろいろな物をつまみ食いするのは、楽しいものです。

 

 

 

(つまみ食いするならお手伝いしなさい)と叱られますが、蜜柑の皮と柚子の香りと共に漬けられた白菜  胡瓜を丸のまま一緒に食べると美味しい自家製の味噌  糠漬けや干物乾物塩漬けされた山菜等のなど、1日居ても飽きない場所でした

 

 

 

ご馳走   馳走   四季をとうし山の物海の物事欠かない日本  、このご馳走と言う言葉は本来意味が違うのでしょうね。

 

 

 

千利休が、ある茶人の所を訪問した際の出来事、設えた生け花、座敷に通されさあ一献と言う時、主人が供したのは先ほど師匠の為に届けさせた蒲鉾素晴らしい焼き物の器に極上の蒲鉾は揃えられ出されました

 

 

 

利休は、怒り貴方は目の前の庭にある柚子の木が見えないのかと    届けられた小田原の蒲鉾などと愚の骨頂  柚子の実で、ゆず味噌でも設えたらどれほど茶の心にかなっているかと  

 

素材の豪華さやこれ見よがしの珍味ではなく、今そこにあるものここでしか食べれないものを主人が工夫し、本文である一服の茶の為にその客をもてなす事  

 

心を配らずに馳走とは   そして茶の心が理解しておらんとその場から帰路に立つ利休。

 

 

 

 

 

私が修業中、少しばかり仕事を覚えた頃、天狗になっていたのか、親方はそれを見抜き

 

 

 

(てめえ奢っていやがるな、料理がうるさくってしょうがねえぜ  どうだ凄いでしょうって言ってるぜ。)

 

 

 

人間一度高くなった鼻をへし折られなければだめですね。

 

 

 

たっぷりと油を絞られた日は川筋のおでん屋で親方が一杯誘ってくれるのですが、その皿のちくわぶ大根つくねどれひとつとっても出しゃばらず、ほどよいバランスです

 

 

 

(料理は、ナルシストじゃだめだぜ、相手があってこその花だ  

 

 

 

そろそろ、大根も太く甘くなる頃、風呂吹きや鯛かぶら   美味しい出しと炊きましょうか。

 

 

 

霜月秋冷   海も山も川も、賑やかになってきました。

 

ようこそようこそ   お待ちしています。

 

 

 

                                                                                              土萌ゆる草枯れしむ

 

 

 

                                                                                                                                                                             菊水庵

 

菊水 味の歳時記 

菊水味の歳時記

           暑さ寒さも彼岸迄

 

少しずつ、日の長さも変わってまいりました。

 

これからの月は一年で一番美しい姿を、私たちに見せてくれます。

 

ある休日に子供たちも、遊び疲れ夕方の涼しい風が心地よいのか、眠り込んでしまいました。

 

 

そこで、私は、書物や文庫本などの整理をしようと、片付け始めると、私の師匠から頂いた一冊の詩集本

 

パラパラとめくると、折り目がついたページが

 

宮沢賢治の雨ニモマケズでした。

 

 

 

 

世界も国もそして私たち個人も

無くしたものの、その大きさ、失われたその何かを考える時でもあるのでしょうか。

 

あえて、その言の葉をひらがなで綴りたいと思います。

 

雨にも負けず

 

風にも負けず

 

雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち

 

 

 

 

欲はなく

 

決して怒らず

 

いつも静かに笑っている

 

一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ

 

あらゆる事を自分の感情に入れずに

 

良く見聞きし

 

そしてわかり

 

野原の松の林の陰の

 

小さな茅葺きの小屋にいて

 

東に病気の子供あれば行って看病してやり

 

西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い

 

南に死にそうな人あれば行って怖がらなくてもいいと言い

 

北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろと言い

 

日照りの時は涙を流し

 

 

寒さの夏はおろおろ歩き

 

みんなにでくのぼうと呼ばれ

 

褒められもせず苦にも去れず

 

そういうものに私はなりたい。

 

父がなくなった時、祖母は

 

(小さくなって生きてはだめですよ

 

堂々と胸を張りなさい)と

 

ベランダから我が子の寝顔に癒されながら缶ビールをあけましょうか

 

名残りの物と新物の素材で皆様のお越しをお待ちしております

 

 

 

 

葉月  
季語 また古称は様々に呼ばれ 聞いただけでも、読んだだけでも とても優しく響くもの、心に感じるもの がございます。

旧暦、陰暦では九月ですが、古人は葉落 葉尽 と読んだそうです。

名もつらし 葉月の嵐立田姫

             しばしな染めそ 神なびの森

                                          藤原家隆

また、桂月 白露  大文字  露草  不知火  ひぐらし   鈴虫   など、その季節事の
古称は何とも、心に響くものがございますね。

また、もうひとつの伝説は、月に咲く桂樹がこの季節、徐々に紅く変化しその為に満月に近づく月が 光を増し 一層輝くと云う 何ともロマンチックなお話。

草木や茶花は、芙蓉 露草 花茗荷 釣鐘人参 りんどう 青すすきの若芽

萩なども 祖母の愛した庭にはありまして、母も よく(この庭の花々は、うっかりすれば見落としてしまうようなものもあるけれど、自然の中で、静かに、だけど可憐に凜としているところ、しっかりと咲いているその姿が 人の心を打つのよ。)

いつか、散ってしまう  紅く 紅く紅葉しながら も その草花は、命の限りを尽くす。

この花々の潔さ   ただ咲いて 散ってゆく、この刹那に私たちは、心動かさずにはいられないのです。

散り花を  手に取らんとや

                         飛び入りて

               水に漂う  かわずなるらん

私にとって 祖母の庭は、勉強の場所でした。

春 夏 秋 冬と  それぞれの表情があり
咲く花々 草木   そして、そこに生息する生き物 昆虫や野鳥  

遊びから、帰ってきた私を迎えたのは、ギヤマンの器に真桑瓜  甘すぎすそれでいて、優しい舌触り

冷たいお汁粉もまた美味しくて、おかわりをねだるほどでした。

早芋の茎を、ご近所から頂いたようで、母は一度湯掻いた茎を山椒の木で叩き それを御座に広げて干していました

(生の茎はとてもえぐくて、食べれないけど、太陽の力でとても美味しくなるのよ)

私は、その芋の茎とお揚げの炊いた物が 今でも好物で 晩酌にも乙でございますね。

夏から秋にかけて、季節の移り変わりはまた風情のあるもの。
風の流れ 雲の動き  また草木風月が大きく移り変わる頃

月の満ち欠けも盛んで   夜一人で つい見とれてしまう時もあります。

朝ご飯で 祖母が美味しそうに食べていた 芋の葉のきんぴら 

しかし、その料理を割山椒の器に盛りつけるところなど、やはりハイカラさんでした。

器は着物  高価とかそんな事ではない
召し上がって頂く方を思いはかる事、お魚と同じ 草花も命があるのだから、たった今迄生きていたように盛り付けてあげないとかわいそうね

口癖のように話ておりました

それから祖母は(お医者様は病気になってから治す人  お料理を作る人は病気にならないよう 心と体を作る人
お薬も口から入るけど、お料理も口から入るのよ

私たち主婦も お医者様より偉いのかもしれないわね、と笑っておりました

名残のお野菜で 和物など作ってみましょうか。

ようこそ~ようこそ  おいでくださいませ  

                      葉月  涼風 菊水庵

 
 
 
 
 

 

















































 

 

 

七月と言えば、七夕 この頃は蝉も 長い土の中から出て 鳴き出す頃で
、梅雨もピークを迎え暑さも本格的になって来る頃ですね。
そして、この月の花は、蓮と百合の花      どちらも高貴で、見ていてもそれは、存在感があり ます。

そして、不思議なことに蓮は仏の花    百合はマリアを象徴する花でもあり、何ともこの巡り合わせの不思議と美しさに、心に響くものがございます。

上弦の月   平安時代  貴族たちは、昼は昼に、夜はまた夜に宴席を設け、そして七夕の夕べには詩歌を読み 月を愛で、夜風には文や手紙を広げ 湿気をとりながら、一献酌み交わすなぞ、何とも優雅で 優しさを感じます。

このことからも、文広げ月  文読み月からなまったとも言えます。

星の光 月の動き 季節の風に心を預け 森羅万象を詩歌で表すなど、今となっては、夢か幻なのでしょう。

この時期は、上弦の月 その月を船に見立て、その月も夜更けには空深く消えて行くのですかが  その月の光にかき消されていた 天の川が見えて来るとゆう、とても美しく、素敵なお話もあります。

また 七夕に降る、雨は催涙雨と呼ばれ 、二星の二人が流す涙が雨となりしとしとと 降るこの雨を呼んだとも。

しとしとと 一献、これまでも、いかに無駄な日を過ごした事か、また若気のいたりで、早く大人になりたいとつっぱり、そして、何でも知ってると天狗になり、どれほどに時間を無駄にしたことか。

遠い昔、父から、今となっては形見ですが、七夕の夜にもらった庖丁は使いづけております。

催涙雨   今日は、雨ではなく、しとしとと、酒を注ぎ、しんみりと一献
やっぱり、催涙かもしれません。

馳走  菊水庵         上弦のお献立にて

         お待ちしております。

月の満ち欠けに 雲を探し

              その光に 耳を澄ます  

白き、蓮の花があったら、手を合わしてみましょうか。

可愛い 幼子の寝顔に 心照らされて。

 

ようこそ   ようこそ     摘み草一味

6月 菊水味の歳時記 水の月  

  水無月     陰暦のこの月は 田植えの準備万端整い  田に水が引かれる月。

 

六月は、今は亡き母の月    母も私も水無月生まれ。  

 

五月に泳がせた、鯉のぼりの大竹が、この頃には、雨にも打たれ 時折夏を思わせる日差しに晒され 茶色に変色しています。

 

その庭は、祖母も愛していた手製の庭園で、この庭を見て一年の四季がわかるほど、それぞれに山野草から 茶花まで丹精込めて、植え付けられていたのでした。

 

子供の頃、外から帰りますと、祖母の姿が見えません。

大抵はこの庭の 草むらに隠れるように土いじりをしているので、声をかけると、ひょっこり顔を出すのでした。

 

今日は、親戚のおじさんが見えるからと、里から届けられた鯉と岩魚が池の地下水で、網袋ごと、さらされていました。「今日はお客様ですから、初物の鯉と岩魚ですよ」と それは張り切りながら、山菜と名残の筍を洗っておりました。

 

「さあー、あなたも手伝いなさい 小屋から炭を持ってきて頂戴   それに、ここへ来て お野菜を洗うのよ。」

母は、厨で鯉こく用の新牛蒡を笹がきにしておりました。

 

毎年の行事や、節句などで、デザート を作るのですが、この月は、水無月にちなんだお菓子  それこそこの月は、水無月と言う名前のものがお料理されました。

 

葛粉や、豆乳 寒天などで練り上げたり、流したりしたものです。

 

甘くすればお菓子ですし、調味すれば小鉢や、お椀の種になります。

共に小豆を乗せるのが決まり事ですが、これは、古の貴族達が、夏に涼を取るために 真冬に用意した氷を、氷室と呼ばれる小山の穴倉に保存貯蔵していました。

その氷は涼を取るためと、厄払いのために用いられるのですが、山倉から、切り出された氷を表しているのです。

そして、切り出すときに氷に着いた石粒や、砂を小豆で見立てているのですが、日本料理はまさに、目でも楽しめる美しさがあります。

 

氷に見立てた葛の透明感に小豆の色が、それは、目でも涼を感じることの出来るひと品でございますね

 

祖母と母は、二人かかりで練り上げ 木の抜き箱に流し入れると、それはそれは急ぐように煮あげた小豆を敷き詰めました。

 

更に軽く蒸しあげると、木箱のまま、小豆には被さらぬように冷水で晒していきます。

 

私は、水に晒され 透き通るその水無月を 時間も忘れて見ていた記憶があるのですが、祖母が横から、「葛のところがもちもちになって、冷たくなったら 水を止めるのよ」

子供の頃から、私は厨にいるのが好きでしたが いろいろなものが、つまみ食い出来ることも楽しいのですが、祖母達の立ち居振る舞いを見るのも大好きでした。

 

やはり、この季節に活躍するのは、大事にしまってあるギヤマンものの器たちです。氷の入った桶には、その器は冷やされ そして、水無月箸と言って、竹製の揃え箸は盃一つを入れた檜の桶に浮かんでいます。

 

じめじめとした陽気に からからの箸では野暮でございます。

 

しっかりと湿らされた箸はやはり、適度に絞られた日本手ぬぐいでかわかぬように包まれていました。

どれも、これも、今日お迎えするお客様の為、たった一度かもしれぬこの日の為に 祖母はお迎えの用意をしておりました。

 

やはり、里の友人から頂いた朴葉の蕾花一枝 祖母はその花を鋏で揃えながら

「この花は香りが強過ぎるので、玄関の脇か 憚りのところが良いわね  お部屋では、きつい香水のようでお料理も美味しくなくなるのよ」と話しておりました。

 

私は、今毎日のように、皆様をお迎えしているのですが、この無償の行為にはかないませんし、このお客様にも、材料や、草花までにも愛情を注ぐ このことこそ 正しく

一期一会なのでしょう。

料理    技術や、テクニックではありません  理を計り、司る  このことを料理と呼ぶのでしょう

 

少々高いのですが、祖母の水無月   気が向いたら作ってみましょうか。

 

ようこそ、ようこそ お越しくださいませ。     

 

  水無月弁当      水無月のおまかせにて お迎えいたします。                

 馳走    時雨の季

水グループ総料理長 Shin Takahashi

皐月 味の歳時記 馳走「菊水庵」

 皐月 味の歳時記  馳走「菊水庵」

 

皐月   やはり稲作農耕民族として、神との繋がりが暦の名に反映されます。

立夏  二十四節気   この季節をすぎると、緑生い茂り 山や里でも花が咲き始めます。

 

山里の川も水温み、川岸の緑も鮮やかに濃くなり この川の流れも、根雪の残雪が

溶けて 流れ込み 流れも早くなってきます。

 

 

        「五月雨を集めて はやし 最上川」         

    五月雨と 山裾の雪解け水が 初夏の始まりとも言えるでしょう。

 

この雪解けの水は早苗月と呼ばれるように 水路を流れ 乾いた田にたっぷりと

水を与え、潤いある水田へと姿を変えていくのです

 

周りの水路や土手では、伸びた蕨や野蒜、甘草などがぐんぐんと増えて 急かされるように摘んだ思い出があります。 

あれは、私の教え子の一人で 四年程頑張ってくれた男の子ですが 彼の田舎に招待された時のことです。

 

東北の静かな山あいの町でした。

丁度田植えの時で 水路のドブさらいや田植えを手伝いました。 田植えの合間に 山菜を採ったり 近くの小川や滝、畑など散策しました。

 

見上げると、青い空と ふんわりと流れる雲  初夏の颯爽とした爽やかさで、頬に受ける風もこの季節独特の物がありますね。

 

また、散策中のその森の木々は、五月雨に濡れた時など その緑はクリスタルゼリーをまとったかのような瑠璃色で まさに  「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」  でしょうか。

 

さて、その彼はと言うと 私の元で修業した後、実家の近い温泉宿に煮方として行かせました

 

そこは、私の兄弟子が親方でいるところで 地元の米や 岩魚 そして山菜 や無農薬野菜などを売りにすることで評判のこじんまりとした宿でした

 

彼は病気がちの父親に変わり 田植えをするために休みをもらうというのと 丁度料理師範会のミーティングがあるというので、私もそれを利用して出かけました。

 

彼は、その頃地元の可愛い年下のお嬢さんと結婚して 奥さんのお腹には お子さんも身ごもっていました。

 

田植えを手伝ったその日の夜は、近所の方や、お寺のお和尚さんと共に お食事と

おいしい自家製のどぶろくで楽しい一夜を過ごしました   

その時の料理ですが、私が目を見張ったのは、岩魚の味噌たたきです。

勿論、炭火焼もあったのですが、これは、私にも初めての味でした。

お刺身にした岩魚に摘んできた野蒜と麹味噌で叩きにするのですが、それはそれは 斬新で有りながら、懐かしさと新鮮さが共存する料理で 感動してしまいました。

 

元々、昔から伝わる郷土料理で その味わいは深く、静かな渓流の命 その荒々しい自然の味を引き出すには、やはり、土を割り眼を芽を出した野蒜でなければ負けてしまうのでしょう。

 

その土地に伝わる郷土料理 見事なそして理に叶った食文化だと改めて感心してしまいました。

 

そして山菜を、お和尚さんはどぶろくで赤らめた顔をしながら、

 

(何もない所から、生まれるのが 文化  

あれこれと 金ばかり使わず、足元の宝を見直すこと  

文化とは、人間の生きる知恵だと話していたことを思い出します。)

 

今でも、良い岩魚があるときは、作りたくなる私のレシピの一つです。

 

糧である前に 文化であり 文化は生きる糧である

 

                                                                    宮野徹山

 

 

清流の命  渓流の命 岩魚   海では、貝類が豊富です。  

名残の筍と鮎の混ぜご飯もお酒の後は、また風流です。

皆様のお越しをお待ちしています。

 

           摘み草 一味   「馳走 菊水庵」 

                                                ようこそ ようこそ

卯月 味の歳時記 馳走「菊水庵」

四月、この季節長い長い厳しい冬も終わり、桜を初め、その他様々な花を咲かせる時


卯月、卯の花が咲き また、干支の四番目が卯であるので こう呼ばれたとか。

そして、私達が嬉しいのは、山菜を初めとするお野菜の数々、筍も土から顏を出し、木々の芽

はぐんぐんとめぶき伸びる頃 海も春の産卵 めばる さより きびなご とび魚 蛍イカ  

など、大小様々な魚介で賑わってきます。

 

そして、4月と言えば、仏教やカトリックなど、それぞれに祝い事がありますが 法会ではお釈迦様の誕生である灌仏会 降誕会    カトリックではイースター祭と言って復活を祝うもの

やはり、春は、全ての生きとし生けるもの 命そのものを育む時なのでしょうか。

 

卯月      それらを植え付ける時でもあります。

そして、そのお祭には、お釈迦様に降り注いだとされる甘露の水にちなみ、甘い茶や水をかける習わしがありますが、遠い中国ではすでに、二世紀から四世紀にはこの降誕会が行われていたと古書に書かれており、いろいろな 花の香味料をまぜた甘い水が使われていたと伝えられています。

 

日本では、600年頃、天皇の命により、この催が行われたと記されています。さらに、平安宮中でも広まり、江戸時代では大奥を始め、各武家屋敷にも花御堂が設けられ、敷いては各寺院、末寺まで広まり、庶民にも年中行事の一つとして定着したようです。

 

更に、その季節には、桜を愛でながら、その花の下で弁当やご馳走を広げお酒をくみかわすようになったのも、それらと並びやはり江戸時代からの風習となりました。

 

「帰ったらお花見できるかしら?」

あるお客様の言葉     毎年の事 この季節は出会いと別れの季節でもあります  

 

私どもの菊水庵でも、またお別れしなければならないお客様が お別れの挨拶にわざわざお見えにお越し下さいます        初めは、一言二言の会話から、一年が過ぎ、今では家族の事から会社の事   そして楽しいご家族でのご旅行や観光などのお話など公私にわたりお付き合いさせて頂く方も多いのですが、決まってなれたころにお別れの時がやって来るのです。

 

来週か月末には帰国予定なのでとわざわざ、お食事に見えてくださる。

本当にありがたく、そして何よりも尊いものでございます。数ある飲食店の中から、この街角の一軒をおえらび頂き、そして、お休みで帰国されたときには、日本に なかなか帰る事ができない私を気遣って、お土産をお持ちくださる  また、お花が好きでしょうとお持ちくださる 私はこの心の働きにいつも、感謝 この一期一会 咲くも 散るも美しい その刹那に感動してしまいます。

 

「桜の花をあしらいにつける時も  紅葉をつける時も、よーくとその姿を見なよ。 利休さんじゃあねえが、そこに咲いてるように、今、散ったようにあしらいな   上からひらひらと落ちてきたようにな」と盛り付けの時は、耳にたこができるほど聞かされました。

 

その時、そのものになりきる これこそ、心の働きでしょうか。

皆さまとの出会いに感謝 これからも 宜しくお願い致します。

 

    「つみくさ うららの 春たより   

 

                          花弁の 薄紅   軒先の早時雨」                    

                           菊水庵

 

 

 

早蕨 菊水味の歳時記  馳走 「菊水庵」 By 料亭「菊水」

早蕨  菊水味の歳時記  馳走 「菊水庵」 By 料亭「菊水」

 

 早蕨   

 

   まだ、来にぞ 摘みに来にける 遙々と 今萌え出ずる

 

                  野辺の 早蕨               祐子内親王家

 

弥生  いよいよ さて これから生まれる、そのような意味があるそうですが 長い、長い雪を割り芽を出す ふきのとう など、山にわけいって、見つけたときは心踊るものがありますね。

 

残雪と、枯れ草の陰から ほのかな陽射しに包まれ、土を割りながら、顔を出す様はそのきらきらと耀く産毛も美しく、つい見とれてしまいます。

 

金色の いとかすかなるものなれど

      

             人土筆 摘む みずうみの岸 

 

                                                            与謝野晶子

 

春休みともなると、私はいつものように祖母の家に行くのですが、まだ日陰には雪が残っていて、半分はかき氷りになった残雪を手にとり、丸めたり、薄く氷りの張った池に落としたりしたものです。

降ったばかりの雪と違い、残雪はその結晶も融けかかったり、かたまったりししながら幾重にも霜と共にその形を変え 日陰に遠慮するかのように白さを保っているようでした。

 

街からきた私は遠い山裾の残雪や、小川の土手に残る雪氷が珍しく、何をして遊ぼうかと、わくわくした覚えが、あります。

 

お雛様が 終わると、お彼岸ですが私は、祖母の炊いた小豆餡が大好きで お萩、いや、ぼた餅作りを手伝ったものです。

小豆の仕込みから、餅米のしたごしらえまで、それは、それは丁寧に慈しみながらお料理をしておりました。

ご先祖様にも、御供えするのですから)と番茶を入れながら、話していた事を思い出します。

 

戦死した 叔父も、お酒を飲みながら牡丹餅を食べたほどですから、それは、好物だったのでしょう。

散ってから、勲章を戴いてもね?と話す母に 祖母は (家族を残し,まして自ら、生き死にを決める事など貴方に何が分かるの?)と話ていました。

 

命の重さ  有りがたさ そして、自然の力には、敵わぬ弱き私達。

早蕨の産毛を塩で擦りながら祖母は、

(叔父さんも来るのだから、美味しい山菜を召し上がっていただきましょうね。)と呟きました。

 

赤子にほほずりをする事 山菜を手折ること 命の重さは 心の持ち方なのでしょうね。

 

これ見よがしの 偽物ではない、皆さまの心に少しでも触れる事ができますよう、精進したいと思います

             

             毎日の出会いに感謝します。

如月      味の歳時記   


暦の上では、立春  しかし現実はまだまだ厳しい冷え込みも増す二月です。
如月 中国の最古の書にも 如の如しと書かれています。
その他、如月の語源としては、生更木 [雪を割、草木が芽吹くころ】
来更来 【年明けの新春から、再び立春の春が来る】
衣更着【寒さゆえ衣を重ね着する】など、それらが訛って出来た語源説もあります。
日本語って、楽しいですね。

古くから私たち日本人は古くから、移り変わる季節を共に生き、花鳥風月を愛でそして美しい四季ごとの 年中行事を知恵と共に生活に取り入れ、文化と大切な絆を守ってきました。


ただ、世の中もだんだんと便利になり、季節感もなくなり  大事な物も、失いつつるのは寂しい事ですね。

立春、一年の季節の目安は、この立春を初めに決められています。立春大吉、八十八夜もこの日から数えます。

この季節も、様々な花が咲くのですが、花の好きな亡き祖母は;水仙とさざんかが お気に入りでした。

凜とした姿と、ほんのりと香る爽やかな匂い、私も好きな花の一つです。

ギリシャ神話に登場する、美しい少年、ナルシッサスは毎日のように、池や川 みずがめに映る自分に見とれ、最後はこの、水仙の花になったと伝えられています。


その花言葉も、自惚れ、自己愛、高貴  まさにナルシスト 花咲く 春に会う

そして、さざんか、この花は椿科ですが、花弁が細かく、散る時も椿のように花一輪事落ちず、花びらが一枚づつ落ちていきます。


祖母も、千両と抱き合わせで生ける時に

「椿と違って、首が落ちないから好き 椿の花が散る樣を見ると、あの赤といい、何だか戦争で死んだ叔父さんを思い出してしまいうのよ。」 

と話しておりました

      刹那 その一瞬の命だからこそ、美しいのでしょうか。

ご近所の方に頂いた、鯉。庭には池がありその横には、冷たい湧き水が流れていて、祖母は

「少し狭い所で我慢してきたでしょうから、しばらくゆっくり休んでもらいましょうか、泥を吐かせて身を引き締めましょう。」 と鯉を静かに離しました。

二,三日泳がせた鯉は、鰭の上から筒切りにされ、鯉こくと鯉のあめ煮 に姿を変え、食卓にのぽりました
この、魚は捨てる所がなく鱗ですら、筒切りの身とともにことことと炊きあげると柔らかく美味です。


鯉こくは、あらを鍋に入れ酒と水を注ぎ、ゆっくり煮出します。少し煮詰まってきたら、再び酒とを足し、それを三回繰り返します。すると出しの色は、琥珀色に輝き、その香りは子どもの私でもわかる、それはそれは、香ばしい美味しそうな薫りでした。


祖母は、自分の料理ノートに書かれたページを指指すと、

「これは、北大路魯山人と言う芸術家の好きな料理方法なのよ。戴いた命は無駄にせず、全て活かしきる。と書いてあるでしょ」 

長年愛用の黒金の庖丁を研ぎながら、祖母は台所でつまみ食いをする私に話していたことを思い出します。
その庖丁は、祖母の母親が私たもの、他の道具、竹製の味噌濾しや、柳と銀杏のまな板、ぼんざる、塗り物、ほとんどの物が代々譲り渡され、使い込まれた道具です  

値段も張る物多いでしょうが、昔の職人さんが作った物、そう簡単には壊れません。逆に使い込まれた道具は、命が吹き込まれると言うんでしょうか、味わい深い物があります。


修業中は、大晦日ともなると、大掃除の後、庖丁も磨き 全ての庖丁は和紙の上に並べられ、鏡餅 御神酒 とお供えして、お正月のお休みを頂いたものです。

「この庖丁は、話はしねえし、黙っているが、苦労も一緒に楽しさも一緒に そして何より命をもらって給料をもらっている。一年間ご苦労様と休んでもらうんだ  」と親方の話。

失うものの、大切さ 伝える 繋ぐ 結ぶ  忘れてはならない物はたくさんありますね。

親方が、ほろ酔いになると、良く口ずさむ小唄がありました。

     

粋な板前     小粋な煮方     

                       色で 苦労する            焼き方さん

馳走      菊水庵                   

  

            石心   虚空 残心   一期一会

• 睦月 味の歳時記‏

一月七日  暦では、人日の節句です。

 

五節句の一つで、この日は、春の七草をお粥にして食べる習慣があります

万葉集にも貴族が、七草の祝いをするために それこそ  我が衣手に雪は降りつつ   ではありませんが、その若菜摘みをしていたそうで宮中行司として、定着していたそうですね

 

中国の七菜をつみ、羹にして食された行事と、奈良、平安の行事が合わさり、江戸時代の武家社会から庶民へと広まって行ったと言うことです

いつもながら、壮大なロマンと素敵な先祖の方がたの立ち振る舞いが、目に浮かびます

 

やはり、邪気を払い、無病息災を願い、お祝いをしたのですね

 

生前、私の祖母は毎年、年神様のお払いを済ませると、あらかじめ用意した七草を 丁寧に丁寧に洗いあげ使い込んだ一尺の盆笊に綺麗に並べました。

それを神棚に納めると、無病息災を祈り再び台所に持って行き、粥の支度に取りかかっていたことを思い出します

 

面白いので、見ていると、祖母の叱咤が飛んできます。(それぞれのものを丈を揃えて!横の小豆は一合枡に計りなさい!

銀杏の俎で刻まれる七草の音、リズムがあり飽きませんでした。奥の火処ではぐつぐつと土鍋の粥仕立てに加減された優しく、そしてほんのりと香るご飯の匂い

刻み、炊き、薪と炭の火加減をする、その姿   手際よく家族を動かし食卓の塗り盆の配置まで目配りをするその姿。今でも忘れません

さながら、親方ですね

 今、各ご家庭で、わざわざ七草粥を炊くなど、そして七草を刻む音さえも聞くことなどないでしょうね

   稽古とは一より 習い  十を知り    十より返るともとのその

  行住座臥     あるがまま   道は目の前

 日本に伝わる、無害の伝統    文化  

             無くしたものは  大きいと思いま

 

皆さまのご来店、お玉と庖丁とおしゃもじで おもてな

 

 奇をてらわず、はんなりほんのり お待ちしております。                     

                                                                                            

                              菊の

霜月菊水「 味の歳時記」

 

師走 味の歳時記  



年の瀬も迫ってきますと、何とはなしに忙しくなってきますね。

師走   まさしく、先生や、僧侶、そして親も仕事に追われる事から、師走。

忙しいとは、心を亡くす  と書きますが、何とも寂しい言葉ですね。

日本も徐々に冷えこんできたころでしょうか?

紅葉もはらはらと散り行くゆえに、また美しく、こけむした庭に赤の紅葉と黄の銀杏が散るさまは、そのコントラスト  情景が目に浮かびます。

祖母の家に冬休みが来ると 正月を迎えるため母と泊まりがけで出かけましたが、亡き祖母の愛した庭は、夏休みの時とは全くその趣と季節の流れで、変わっていました。

一晩明けたその庭には、薄く氷が張っていたことを思い出します。

その庭の池も、やはり凍っていて、その上には柿の葉や、早咲きのさざんか、秋の草木茶花が赤黄さまざまに散っていました。

 

年末ともなると、祖母と母はお節の用意や餅付きの支度、鏡餅、氏神様の御供えなどの準備でそれこそ、師走、忙しくしていました。しかし、心を亡くすほど忙しくしたか?と言うと、そうではありませんでした。

 

煮豆のために浸した戻し汁も(この水もおだしの隠し味で使うのよとそして、一杯の味噌汁のために朝から鰹を削っておりました。

ですから、私の料理の根っこにあるものとは、祖母の生き方と立居振る舞いでありますね. 

 

その季節にあった素材のやりくりをして、子供の頃に聞いた庖丁の音も物を炊く音も、その五感を擽っていたのです。使い込まれた竹製のみそこし ぼんざる 木じゃくし すりこぎ  それは長年愛用され、私は凛としたその潔さを感じました。

 

祖母の料理ノートにも書かれていた、料理研究家の中江百合さんの言葉ですが、

「いの一番、料理は親切」

老人には老人向き 若い人には若い人向き その人の嗜好に叶うように料理して材料に対しては愛を持って取り扱ってやることですどんな立派な材料でも、無慈悲に扱われたのでは良い料理は出来るはずがなく、人に捨てられて省みないような材料でも、使いようによっては、思わぬ美味しい料理もできるというものです

 

野山のひとえだ、芽ぶく若葉の一葉、魚や動物、米の一粒にも命があって、またそれらを食さなければ命を維持できない私達です。

 

春にはめぶき、夏には太陽、秋には紅葉、冬は雪  それぞれの季節事にそれぞれの花が咲きます。そのものの中に身を置き、またそれらの全てが料理に通じるのだと師匠の言葉。

 

歳の瀬は、これら、亡き祖母の言葉、親方の言葉、その思い 初心に返り、温かなお献立で、皆様のお越しを御待ちしております。

 

師走は甘エビ、甘鯛、本鮪、鮃、鮟鱇、鼈  祖母の拵えた、蕪とお魚のあらだきなど、作って見ましょうか。

 

      子守り柿 ひとつ  初雪の寒椿               馳走  菊水庵

 

忘年会 小宴会 ご予約お待ちしております。

(いっそ、雪でも降ってくれたほうが、心も晴れるのに)

ある詩人の一葉です:

霜月、霜が降りる頃、まさに初霜の季節からこう呼ばれています。

時折降る時雨と、風の流れも変わり、山里では落葉黄洛、紅く染まる樣は人びとに 物思いの限りをつくさせる時でもあります。

 

紅葉狩 奈良時代より行われていたようで、万葉集にも登場する行事だったようです。

平安の頃には、貴族の間で、紅葉を愛でながら宴を開き また、その様子は源氏物語にも描かれています。その後、庶民の間にも広まり、春の花見とは対象的に 季節の年中行事と共に定着したそうですね。

 

この季節になると 観たくなる映画の中に [バベットの晩餐]と言う作品があるのですが、とても好きな映画の一つです。

1987年のデンマークの作品で、アカデミー外国映画優秀作品賞も取りました。

 

時は1871年、フランス プロレタリア革命で、夫と子供を殺され 自分まで危険な目に合い、命からがら、紹介者の手紙を胸にデンマークの田舎の静かな村にたどり着きます。

その家は、亡くなった大変信仰深い牧師の家でした。

その家で主人公の女性〈フランス パリで有名なレストランの料理人でした。)その腕は、(食事を恋愛に変える事のできる料理人)と呼ばれるほどでした 

その栄光と、また悲しい過去を隠し、10年もの間 この女性はその牧師の家でお料理の世話や家事の御手伝いとして生活したのです。

ある日、この女性は、富くじ1万フランもの大金に当たりました。

丁度その年は牧師の生誕記念日もあり、この女性はそのお金でそして、この私に晩餐の料理を取りまかせて欲しいと牧師の家族に願い出るのです。

初めて見る素敵な、そして豪華な料理の数々 招かれた村の牧師を慕う住人達も、質素な知足な生活を信条と、最初は固くなでしたが、徐々に、その心は解きほぐされ、そしていがみ合う隣人同士の優しさと許しを引き出し それは最高の晩餐の名にふさわしい一夜となるのです

 

食事が終わった後、家族はその女性に お礼をします。

そして(お金もできた事ですから、フランスに帰ってしまうのね。寂しくなるわね )と 

すると女性は(いいえ、帰る場所もありません、そしてお金も残っていないのです )と(あの1万フラン は全て使いました、私はフランス パリの一流レストラン アングレの料理長で、今夜招いた12人分が1万フランなのです。

驚く家族は、せっかくのお金を (また、貧しくなってしまうわ ごめんなさい

誇り、尊厳、慈しみ、優しさ、料理人としての 命と魂を燃焼させ、芸術家の心の叫びを表現したいとの思い。

最後に私の好きな、この料理人の言葉。

                         (貧しい心の芸術家はいません

 きっと、そうなのでしょ うね、なるべく、そこに近づくように、至らなくとも心を運び、一枝の子守り柿 紅いその葉  月の満ち欠けにも、耳を 心を傾ける  そのように、庖丁をとることができれば、幸せです。

霜月    色とりどりの素材を 身のしまった海の幸を 奇をてらわず、ほっこりはんなり、お迎えします。  

(ちょっとばかし 腕が上がると、下手に材料をいじくりだしちまう。茄子び 一個もそだてたこたあねえくせに、ちったあ、作った人の苦労を考えて献立をたてな! )と拳骨を思い出します。

   馳走    菊水庵     秋のお献立にて、お待ちしています。

神無月菊水「 味の歳時記」  

  

  

この月は、陰暦の10月   平安時代の頃よりに 神な月、また 神無月とよばれ、一方では、神の集まる月、また一方では、日本全国の神様が、出雲の国に集まる為各地では神が不在になるため、神無月、神の月などと呼ばれたと言います。

万葉集や、古の和歌など 紐解いて、拾い集めてみると遠い良き日本が目に浮かぶようです。
季節外れの台風とにわか雨、夕立と時雨の季節でもありますが十五夜は十三夜を見ずにして、の通りこの季節の月は、秋の変わり易い雲間から浮き出る姿もまた格別ですね。

あれは、母の三回忌でしたが、私も御彼岸は休むことができず、商いで忙しい母同様十月になってからお寺に行きました。       

以前の祖母と母と同じように、お萩、いもがら、里芋、茸のたきあわせなどと共に、二人の好きだった松茸ご飯も用意して、供えさせて頂きました。                    

 

その時は、親不幸ばかりの私と、いつも一緒だった弟弟子も手伝いに来てくれました。 

若い衆は、母が好きだったまだ蕾のきんもくせいを用意してくれ、〔女将さんも花が好きでしたでしょう。

 

私もぐれた時 お世話になりましたから、とやはり、母が好きだったキリンビールの飲み口を開けてくれました。

 

私は、お寺の厨横に咲いたけいとうの花を見つけ、和尚に声がかけました  以前祖母の庭には、そのけいとうの花がひっそりと咲いていたからです。

 

時間も夕方近い頃でしたので、夕立前の あの優しい風が竹の笹を揺らし 墓外れの藪からは、虫の音も聴こえておりました。

 

子どものころの情景と記憶の不思議さ 時間はいつもと同じく流れているのでしょうが、優しさってこうゆう事なのでしょうね。

 

「神無月 空の果てより来る時眼ひらく花は あはれなるかも」

                                                     斎藤茂吉所  

 

これから来る、秋冷、枯れざれの時をしみじみと 感じる時でもありますね。

 

祖母の仕上げた小豆あん やっぱり、ちょっと違うなと、供えたお萩を見て感じたものです。

 

祖母は生前、良く話していましたが、家族のために素敵な料理を作る事ができ、様々な工夫や想像の出来る台所からだんだんと今の人達は離れていくなんてねと、呟いていたのを思い出します。

 

「当にお料理は知恵と工夫、心を練る、材料を知らなきゃ、ただの餌になっちまうぜ」  

と親方の言葉。

 

「一つの豆腐、一枚の干物、使う素材は同じでも少しでも、相手に訴える事ができたらなぁ!」

 

親方はお銚子を傾けながら話していたのも思い出します。

 

「まず炭火はお湯の沸く程度にしなさい。」 

「お湯は飲み易いように熱からず、ぬるからず、夏は凉しげに、冬はいかにも暖かく、花は野の花の如く生け、刻限は早め、雨降らずとも傘の用意をし お客様の心を心とするのです。」

                                                利休

 

 

改めて、心したい言葉ですね。

飽食とこだわりは別のものです。一歩引いて、「こんなものですが」 と、心尽くしを差し上げることができたら幸いです。

 

頭をさげて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもある

                          利休

 

茸、芋、秋野菜、名残のものと、走りのものが楽しめる時でもあります。秋刀魚も脂がのり、白身も美味しくなってきました。

  

                               ようこそ、ようこそ菊水庵へ

長月味の歳時記

 

ふと見上げた、雨上がりの空、雲の動きも変わってきましたね。


今月は、中秋の名月  十五夜が近づくにつれ、月は、その美しさと輝きを増してゆきます。
そして、今月は、重陽の節句。月を愛で、菊花を愛でる なんとも優雅で、心豊かな年中行事ですね。

 

 

この九日の重陽は、陰陽五行のなかでとても縁起が良い数字が重なると言うおめでたい日であり最良の日であるのです。

また、私事でいえば、この日は母の命日 何かの取り合わせでしょうか、

九月は、私にとってとても大切な季節であり、不思議な取り合わせでもあります。師範の免状を頂いたのも、この月で これも、不思議なご縁だと思います。

 

 

十代の時より庖丁を持つ事になり、こうして今までもこの時までも、そのものを生業とさせて頂いた事として、それはやはり縁によって結ばれたものと思っております

苦しい時も切ない時も、また大きな挫折を味わい、道を外しそうになった時もいつも側には、父の形見の庖丁と祖母の愛用した抹茶椀、そして母の残した朱塗りの手鏡がありました。


母や祖母が元気なころは、毎年、里芋やその年収穫された農作物を御供えしていました。お神酒も伝わるとても古い、青磁のかたくちと、やはり塗りの弓口を用意してそれは、それは丁寧に、薬草を調合したもの�と、菊の花びらを散らしたものお供えしていました。

 

 

この時期になると、また思い出すのは、祖母が愛用していた料理の本と様々な料理レシピが書き込まれた手帖、

そして、そこには、俳句や、短歌の走り書き、また、今は改めてわかる、明治生まれの料理研究家の方の言葉  [下手のいじくり   というお料理にちなんだ料理カルタがあるのですが、そのなかで  この方は  料理をする時、下手な人ほど 余計ないじくりをします。余計ないじくりをします 余計な事をする人は、必ずしなくてはならない大切な事を見落とします。

火にかけた魚や肉をやたらといじって身を崩してみたり、また、下手な人ほど、材料にやたらと切り込みを入れたり、梅の花に切ってみたり、食べられもしない飾りつけをしてみたり、材料の持ち味を活かし料することが大切。)


美味しいもの    美味しくないもの   と飽食を反り見るとき、無くした物 忘れた物の大きさ この中に 私は答えがあるような気がします。


お彼岸のおはぎを作るため、前日に小豆を選り分け、戻す事  また、一椀の味噌汁のため、鰹を削る事 
祖母の手帳の中には、こう書いてありました。
(
年配者には年配者向き、若い人には、若い人向き、子供には子供向き その人の嗜好にかなう調理をする 材料に愛情 )

 

 

祖母の知人から頂いた、鴨の羽をむしり、肉はもちろんの事  骨まで刀叩きして料理する姿。

せっかく私達のために命を預けてくれたんだから、無駄にしてはいけません      かたりかけてくれました。

稽古とは、一より習い 十を知り 十より帰ると もとのその一

九月のお献立で、皆さまのお越しをお待ちしています。

                               一味   三昧      菊水庵

七月 味の歳時記

葉月味の歳時記‏   草庵 涼風 馳走一味 ようこそ菊水庵

旬の素材で、皆さまのお越しをお待ちしています。
旬の素材で、皆さまのお越しをお待ちしています。

立秋の8日頃を過ぎると、虫の音があちこちで聞こえ、葉が少しづ;つ落葉することから

葉落つる月、と呼ばれた。

 

ただ、実際は、雲の動きも活発で時折降る時雨や、夕立、日が沈む頃の日暮しの声は目を瞑るとその情景が浮かんできます。

 

月もまた 形を変え、丁度お盆の頃は、家族や親類が集まり、玄関のご先祖をお迎えする野菜の置きを作るのは、毎年私の仕事でした。

 

今でも思い出すのは、一雨降った夕立の後 ほんのりと薫る、空気と木々の匂い。

 

ゆっくりと流れゆく入道雲、見えかくれする青空とほんのりと紅いその空のコントラストは ,子供の私の心にもしっかりと、染み入り  そしてわすれられない思い出となりました。

 

もうすぐ、大きな雨が降る季節。

 

台風が来るから、お庭のお花に盛り土をして守らないといけませんね。   と祖母は話をしていました .

散ることなく終わりを告げようとする、紫陽花にも、枝が離れないようにと、くみひもをする。花壇には水はけのみぞを作る。そんな仕事を手伝っていると、ご近所の方が冷たく冷やしたトマト、ゆであげたばかりの枝豆と男爵を届けて下さいます.

 

何げない日常のほんの、小さな出来事。その小さなふれあいや、その時情景が季節を感じる事のできる宝物ですね。

 

何をしたか?より、何のためにしたか。

 

私達の心を動かすものは、些細な出来事。

 

まな板はいつもの場所に 道具も庖丁も、同じ場所に何十年も変わらず置いてある  けっこう、こんなことが、大事なんだぜ!と親方の話を思い出しました。

 

夏野菜、鱧、鰯、生しらす、穴子、鰈、

 

不思議にどれも、梅や胡瓜、夏野菜との相性はぴったりです。

 

暑さ故に、涼をとる知恵は、日本料理ですね。

 

小さな庵ですが、そして、省みる事ばかりの私どもですが、旬の素材で、皆さまのお越しをお待ちしています。

                                                             草庵  涼風   馳走一味      ようこそ菊水庵

七夕の逢ふ夜の  空のかげみえて   書きならぺたる 文ひろげ月。

 

 

平安時代、貴族の屋敷での七夕祭りにおいては七夕の星に詩歌を詠むならわしがあったと言います。

 

家族や、また公家なども酒を酌み宴の中、和歌を詠み合う風習があったと言います。

 

そのあたりから、文詠み月、文ひろげ月などと呼ばれたと言います

何とも優雅であり、また月や星を愛で、和歌を楽しむと言うのは素敵な催しですね。

 

笹の葉に 願い事を託すのも 和歌を詠み、二星に心を送る大切な行事だったのでしょうね。

 

 

さて、七夕の思い出と;言いますと、私が子どものころ、母の実家に行く途中にある町の七夕祭りを見に行くことになり、私と母と祖母で出かけました。

 

さまざまな彩られた七夕飾りは、今でもわすれられない思いでです と言いますのも、事情があって離れて暮らしていた父と母は、この日待ち合わせをしており、ある料理屋に私達は向かいました。

 

そこで父は迎えてくれたのですが、抱こうとした父の腕に照れくさそうにはにかんだ覚えがあります。

 

そこは、昔父が親方をしていた店でした。

大きなお座敷には、初めて見る生き造りや見たことのない豪華な料理が並んでいました。

 

女将さんや、父の若い衆、番頭さん、芸者さんが次々に挨拶に見え、どんどんお銚子は空いていきました。

 

日本各地を渡り歩き、その頃は学校で教鞭をとっていた父ですが、お銚子も数10本空いた頃、私を膝の上に乗せ、父は祖母と母に(今まで、この子を良く育ててくれた)と涙を浮かべ頭をさげていました。

その時、父は弟子達に名の入った庖丁をわたし、最後にやはり名前の入った柳刀を母に渡して(この子も、料理人になった時は、これを使うように、)と話していました。

 

私も、いつの間にか、意識したわけでも

ないのですが こうして包丁を握る事になったのも、不思議な縁ですね。

 

その庖丁も形見となり また、庖丁を握る私を父は、見ること;ありませんでしたが、少しばかり道を外したときも、人生で寄り道をしたときも、庖丁はいつも、そばにありました。

 

今年は,どんな願をかけましょうか?

 

あのとき食べた、みねおか豆腐は、今もほんのり覚えています。

 

食は記憶であり、心の糧ですね。

 

文月の素材で、皆様のお越しをお待ちしております。

 

                      菊水 総料理長 高橋

水無月

そろそろ この季節になると入梅に近づく頃です。


雨が降る時でもあるのに、水無月とは如何に?
田植えや農作物に必要であるとの意味や、それこそ、水が足りないほどとの意味などいくつか、あるそうです。


私の中では 何といっても6月は思いの深い月でもあります。
私の誕生月でもあり、そして、亡き母親の誕生月でもあるのです。
幼い頃、玄関横の庭はそれこそ祖母と母の趣味とも言える庭作りで 山で採ってきたいわかがみや雪の下 いわかがみなどは、確か群馬県の鬼押し出しに行ったときに見つけたもののようです。
切り立った溶岩と岩の間にその花は ひっそりと咲いていました。
私も言われなければ、気がつかないほどその花は静かに、可憐に咲いていました。


祖母と母は 声を出して見つけたことに大喜びで、「花泥棒に罪はないのよね」と子供のようにはしゃいでいたことを思い出します。
帰り道で祖母と母は「根ずいてくれるかしらねぇ」とそれは大切に持ち帰りました。


そのいわかがみの側には、池があり、菖蒲が匂いそして、何といっても私の大好きな花 紫陽花
紫陽花が庭の鹿威しの横にその紫の大輪とがく紫陽花の二つが咲いていました。

学校に行くときも 部屋の窓からも その紫は美しく咲いていました。


ある事情で母と離れて暮らす時も 亡くなった祖母の面影もその紫陽花にあったのかも知れません。

しとしとと静かに、雨が降り 雨露に濡れた紫陽花は涙が出るほど美しく、それは寂しかったあのときの思いと重なり 今も私のとても大切な思い出です


また、この季節は、梅の料理の時期で梅干しはもとより、梅酒、梅の甘露煮と毎年6月から7月にかけ祖母も母も いただい沢山の梅をそれぞれの使い道に選り分け 下ごしらえしていたのが目に浮かびます。


梅の甘露煮は子供の私も好物でしたが、その下ごしらえの手伝いは、逃げ出したいほど面倒だったのを思い出します。
大粒の梅はまず、塩もみして産毛をとり、さっと霜降りします。

そして、割りばしに木綿糸で取り付けた縫い針10本ほどでしょうか、一つずつその梅にはりうちしてゆくのです。同じ箇所を避け全体を均等に穴をあけてゆく作業は、目の前の山積みされた青梅の笊に眠くなるやら、頭が朦朧としてくるはで、それは気が遠くなるような手伝いでした。


 「一年の丁度半分 梅雨入りになり、物も傷みやすい時 これから蒸し暑くなると、自然に酸っぱいものや、酸味が体にとても良いのよ」と祖母。
1日目は薄めの砂糖水で静かに梅を炊き、2日目はさらに砂糖を足して炊いてゆくのですが、「梅も生き物 急に砂糖と強い火で煮たら、梅が驚いてシワをよせてしまうのよ」と話していました。

その日の夜は、梅さんにも静かにお休みしてもらいまた明日ね。

すぐには出来上がらない そのための準備と下拵え 出来上がったもの きりつけられた魚、インスタントの食べ物に物語も思いも夢もありません。それは食うとゆう作業であり、物の大切さは感じることができません。


糧 この言葉 どんなものも食べてしまう私たち先人の知恵はまさに、哲学とも言えますね。

どこで採れて 何処からきたのか、そこには、季節があり、花鳥風月の自然に生かされた物語があります。

出来上がった梅の甘露煮はシャーベットにされ 祖母の好きなハイカラなギヤマンの器で食卓に出されました。

「これは、戦争で逝ったおじさんが 誕生日にくれたものなのよ」食事は思い出と物語が必要なのかもしれません。


数あるレシピの中でも、一番大事な調味料なのでしょうね。
私の心にも静かに今も、雨露に濡れた紫陽花は咲いています。

今月は清流の香 

鮎 鯉 岩魚 やまめ をはじめお野菜やお豆腐のお料理も献立に登場します。

お昼ご飯 日替わり週がわり

夜のおまかせ

 おまかせ3菜 おまかせ一汁七菜 など旬の素材で皆様のお越しを心よりお待ちしております。

                    石心 一味 菊水

5月の花 鈴蘭
5月の花 鈴蘭

 

 

常夏 この言葉どうりの毎日ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

 


5月 今月は子供の日 この季節になると、日本では田植えの準備が始まるころでございますね。

 


今年は日本も冬が厳しかったようで、桜も今満開のところもあるようです。

 


どっしりとした そしてその硬く流れてゆくような権丈な幹と、柔らかにしなやかに伸びゆくその枝先に咲く桜 
蕾も匂わせ 咲き誇り 散りゆくひとひらの花弁ですら、私たちの心動かさずにはいない 桜花 

 


まさしく、出逢いと別れ 人生の別れ道を飾るにふさわしい 大和桜花と言えましょう。
その中でも、これからの季節は、山野草が美しく咲くころでもあります。


祖母も母も、生前はこの 人目にはあまりつかない、可憐なそれでいてひっそりと咲くこの山野草が好きでございました。


菖蒲 おだまき 芍薬 えびね蘭 ふたりしずか山藤 やまゆり 熊谷草 丁子 すいかずら やまぼうし あまどろこ 雪の下 あざみ 卯の花てっせん 都忘れ まだまだ限りありませんが、どの花も、それぞれの不思議があり、美しく、そして香り 庭先や縁側 それぞれの合わせ土に植え込まれた山野草を見ながら 祖母や母は、「今日は、お客様が見えるから、一輪挿しを用意して生けましょうか あまり匂いの強いものはだめですよ」と話していたことを思い出します。


その夜 お客様がご家族連れでお越しになりました。挨拶もそこそこに その方は、新聞紙に包まれた山菜を手渡されました。


たらのめ 甘草 やぶれかさ 雪の下 その他 山で摘んできたとのお話 


祖母も母も大喜びで 「これこそ ご馳走ねと、そして すぐさま、お湯を沸かし 下拵えと料理にかかりました。」
すぐにお料理してあげなければ、可哀想と話ながら 私にも湯がかれた山菜を手渡し さあ、根元をそろえて 余分な根元はとりなさい。」


「こうして、小さな草でさえ、手折らなければいきてゆけないのが私たち人間ね だからこそ、無駄にせず お料理してあげなければ、とそれぞれの山菜はごまよごし おひたし てんぷら と形を変えて 食卓に並びました。


ご馳走とは まさしく、そのものよりも その誰かをお迎えするために、馳せ走り また、華美な飽食を言うのでもなく、今出来る限りの事をする事 それを馳走とゆうのでしょうね 


ですから、お客様には大変申し訳ないことであり、失礼な事で恐縮でございますが、100点の料理なんてありません。多分死ぬまで 心から満足のゆくお料理はすこしでしょう。


だからこそ この仕事を続けてこれましたのもそのものに近ずきたいが為。


私の師匠の言葉でしたが、「まな板の上の稚鮎をみながら 素材がして欲しい事をよく考えなよ。」この習わしやしきたり 目に見えないきびしさと優しさ 心を配らなければ できません。

 



お昼の虫養い
 日替わり 週替わり 献立をごらんください。

夜のおすすめ料理
 お造りから天婦羅 焼き物 鍋もの 
 鮨 おまかせ など 5月の旬のお料理でお待ちしております。

山菜も出揃い 魚介類も赤身 青魚 白身魚 磯魚 川魚とこちらも 山海の珍味が豊富です。

 

卯の花が咲く季節 また、干支の四番目が卯であるとか、草花が芽吹き 花開き 生命が生き生きと動き始める時 

この季節は お釈迦様の誕生した月でもあり 4月の8日は降誕会と呼ばれるお祝いの日でもあります。

新入 会社や学校のスタートの時でそれは出会いと別れの季節 
私どもの、菊水庵でもこの季節はたくさんの、お客様とのお別れがございました
皆さん、奥様は奥様の友人とランチに、ご主人は、お仕事の関係者や接待などで、お世話になり時に、ご夫婦共に、お子様連れで 
今年も、何人かの方がたが、お別れのご挨拶に、お見えくださいました。

いらっしゃいませ~とお迎えしたときに、何やらいつもと雰囲気が違う けんかでもなされたのかな?お仕事で問題があったのかな?お体の具合でも悪いのかな?などと、ご主人と奥様のお顔を伺います。
お二人でお料理のご注文をなされてから 一口、ビールをお飲みになり、お客様の口が開きます「実は、本帰国が決まりました。せっかくお知り合いになれたのに 残念です。最後にお料理を頂きにきました。」やっぱりそうでしたかとうなずきながら、私は、別れる寂しさと共に、心を動かすもったいないお言葉ですと感謝感激でした。 

来週の帰国予定なので、もし時間があれば、これるだけ足を向けますね。と 
この仕事を何十年も、続けてこれましたのも、大げさなことかも知れませんが まさしく、美味しかった この一言を頂く為 一期一会ですね。
もう 会えないかもしれない 今日限りかもしれない そして、本日ここで、お会いできたことのご縁の不思議 
ご夫婦で ご家族で 大切なあの方と そして、ご友人と その時 そのお食事のほんのわずかな時間のお手伝いを出来ること 様々な、人生の中で、楽しいお食事やお酒をお飲みになりに 私どもの拙庵をご利用頂いたこと 心から感謝させていただくと共に、この一期一会の刹那に 改めて、私は心の働きを知りました。

桜は咲くも華 散るも華 出会いと別れのまさに一期一会 
もう会えないかもしれない 会えなかったかもしれない この不思議 満開爛漫に人々を魅了した桜も、僅かな時を過ぎて 散っていきます。

永遠などないからこそ、美しく、儚いからこそ、愛しく、そして、思い出とゆうアルバムができるのでしょうね。

私の師匠の言葉でしたが、「どうだい、修業はつらいだろう でもな、この俺だって、つらい厳しいだけなら とっくにやめてるよ。さっきのお客様がお前に、美味しかったよ って話した時に、自然とこわばった顔が 笑顔になり とてもいい顔になったのわかったかい?」
師匠の横で、引かれた造りを盛り付け あしらいなどの仕事をさせてもらうようになった向こう板初日のことでした。

生け花やお茶 料理も、一瞬の命 永遠でないからこその 美しさ 儚さ なのでしょうね。

これでもかと 怒られた日は、川筋のおでんやか、小料理家に誘われました。
「さあさ ぐぐっと飲みなよ。」とぽんと肩を叩かれたあの時 本当に美味しいお酒でした。
今は亡き師匠 永遠はないけれど 思い出は残るのですね。 

時折 忘れそうになる苦しかった修業のこと この卯月の華々を思い出しながらの 初心に立ち返りたいと思います。

卯月の献立

そろそろ筍でしょうか?あえて、皮は剥かず 縦割りにし 香りを逃がさず炊くのもよろしいかもなどと考えております。
筍 桜鯛 新もずく 新若芽 ほたるいか   椎茸 山菜 

ランチやご夕食 共に、春爛漫の食材とお料理家で、皆様のお越しを心よりお待ちしております。
ぜひご会食 歓迎会 など 菊水庵をご利用くださいませ。

卯月 忘れな草
卯月 忘れな草

3月 弥生の歳時記 

この弥とゆう文字はいよいよ ますます、これから とゆう意味で 長く厳しい冬も終わりを告げ ようやく木の芽が芽吹き、たくさんの生き物が動き始める まさしく春到来です
 
とは言え、いまだに日本では雪がちらつき、まだまだ寒さ厳しき時でもありますね。
 
そして、3月はおひなさまですが この時代の女の子たちは、おひいなの遊びと呼ばれた、人形遊びをしていたようです。
この事も紫式部の源氏物語 また枕草子などにも登場します。
このように、3月の上巳の厄よけと市井の人紙の禊、貴族のままごと遊びなどが、融合して徐々に今の形になったといいます 
日本の年中行事は 常に美しい四季と人びとの暮らしの中でよりよく生きるための知恵と陰陽の道理 それらが、時代と共に洗練されそして、各家庭に伝えられてきたのですね。
 
3月弥生の菊水庵 お昼の献立 
 
 この度 菊水庵のランチメニューは週替わりのおすすめ献立にうどん、茶そばのセットをご用意いたしました。
 
限定 かきうどんとサラダ巻き鮨
 
刻みきつねそば、うどんとミニカツ丼
 
かき揚げうどんとミニばらちらし
 
海老天冷やおろしうどんとミニ鉄火丼
 
カレーうどんとお稲荷のり巻き
 
その他、季節の焼き魚 煮魚の御膳など、週替わりでご用意いたします。
 
サヨリ 本ししゃも わかさぎ 飛び魚 筍 春野菜など 色鮮やかな素材の季節です
 
 
《木の芽風 ふきのとう 手折る身に
 
             春埃と名残雪


まだまだ日本も寒さ厳しい時ですが、4日の立春から数えて88日目が八十八夜で、この日より以降、あの初めて吹く強風を 春一番と呼びます。

記憶にも残るような、突風は皆様も経験があるのではないでしょうか。

春一番と言えば、私の修業時代、親方さんから教えられたのは、「風が吹いたら、ぬかずけから 塩漬けに比重を少し変えな 」見習いの私は、三年の間、洗いもの 野菜の漬物 魚の鱗とりなどの、下拵えを担当する《下洗い》とゆう役職でした。
下洗い 中洗い 上洗い といって、3つの洗い方があり、庖丁などは、なかなか使える、そして持たされるものではありませんでした。

とは言え、私は有難い事に小さい時から祖母や母の立ち居振る舞いに触れ、お料理の手伝いをしたことが、とても役になりました。
修業は花街の料亭でしたので、三味や太鼓、踊り 小唄に長唄 など身近に触れる事ができ 今となっては、良い経験をさせていただいたと思います その他、師匠は私に お花 習字など稽古事をさせ、若い私は、おめかしをして遊びに行きたい年頃でしたが、やはり、この事もすべて料理人として役に立つ、大事な心の修業なのだと 改めて親方さんには感謝の思いでいっぱいでございます。
 弥生の献立

たらの白子 鮃 鯛 里芋や根野菜 そろそろ春の香り サヨリもでてまいります

 ランチのお造りご膳やお弁当も内容がかわります。お楽しみに  
              260THBより

 弥生のおまかせ
              800THBより

前菜からお食事までのフルコース 
名残のものと走りのものを楽しめるのも、この季節 皆様のお越しをお待ちしております。


   雑巾を当て字に すれば蔵と金

    あちら 拭くふく

      こちら 福 

謹賀新年  睦月 味の歳時記

 旧年中は、菊水庵を格別のお引き立て頂き誠に有り難うございました。
本年も是非、変わらぬご愛願を賜りますようお願い申し上げます。

お正月は、古の昔から その新しい年の豊穣の全てを司る、歳神様をお迎えする行事であり、また、家族一同が集まり睦まじく過ごす事から 睦月と呼ばれました。

今年も、家族が何事もなく円満に暮らす事ができ、作物が豊かに実る事を祈り、歳神様をお迎えする為に門松を飾り、しめ縄 しめ飾り 鏡餅をおそなえするのも 歳神様をお迎えするためでした。

春には「芽出たい」草花や自然の営みが長い冬を越えて 芽吹き初め 全ての生命の誕生 この事を家族で仲睦まじく、お祝いする お正月 あらためて 明けましておめでとうございます この言葉の重さ 大切さを 感じます。

子供の頃 この正月を迎えるにあたり、年末から祖母はおせち料理の支度に取りかかるのですが、つまみ食いをする 私に 「ほら、数の子の膜をとりなさい 」「味噌樽の味噌をもってきて」「塗りのお碗をさらしで吹き上げて」「ほら、水につけた昆布が大きくなったでしょう」かじかむ手を煮豆の湯気にかざしては、手伝いをしたことを思い出します。

銅鍋の煮豆は色よく艶やかに 昆布巻きはあざやかに巻かれ 着物にたすき掛けの祖母は生き生きと 家族の為に そのお料理の準備をしていました。

何の見返りもない ただ、美味しい顔が見たい、その事がつながりであり、睦まじく過ごす為の凛とした 行事 私も師範の資格を取るまでは 親方さんや師匠は 何人かおります。
しかし、一番の先生であり、師匠は この祖母なのでしょうね。
心を配る、心を練る 何代もの間受け継いだ、お料理の献立 
何日も前から、おせち料理の段取りをして、晦日の鏡餅のお飾りまで むだなくこなしてゆくこの祖母の姿が、目に浮かびます。

「こめつぶ一つ おまめさん一つ 野菜の端切れ一枚たりとも、無駄なく頂く事 お料理する事もお祈りと同じなのですよ」初心に立ち返り、皆様をお迎えしたいと思います。

睦月のお献立

鯛ずくし一揃え        1500THB

 《鯛手鞠鮨 お作り 甘鯛さらだ焼き かぶと蒸し 鯛東寺揚げ 鯛茶漬 他》

甘鯛と焼き餅のお椀 
  ばら鮨お弁当ご膳       490THB

 《ランチのみ

師走 お得なクリスマス・忘年会 味の歳時記

12月 味の歳時記

 いよいよ今年も終わりに近ずいてまいりました
馳走菊水庵では 忘年会の宴 ご会食のお料理をご用意いたしました。

この度の冠水 洪水による被災された方や、その影響により生活 お仕事などに多大な損害を受けた皆様方に対して、心からお見舞い申し上げ 更には1日でも早い復旧を願わずにおれません。

馳走菊水庵では少しでも 皆様の楽しいお食事のお手伝いをしたいと、今月のみの師走晩餐コースをご用意いたしました。

師走の晩餐コース 鍋コース「特製寄せ炊き」
 先附け お椀物 お造り 焼き物 鍋料理 揚げ物 強肴 お食事 デザートまでのフルコース
     121日より~
通常 2500THBのものを 今月のみご予約がのお客様に限り 

1800THBでご提供いたします。(税込みサービス料別)
更に 6名様以上のお客様には焼酎を一本サービスさせていただきます。

その他通常のおまかせ料理や、おすすめ料理も この季節限定の、

ご馳走をとり揃え 皆様のお越しをスタッフ一同お待ち申し上げます


馳走菊水庵のクリスマス懐石

この度、馳走菊水庵ではクリスマスの特別料理をご用意いたしました。

日本料理でクリスマス 
フルコースの懐石仕立てでちょっと変わったお料理をご用意いたしました。


前菜
 甘エビと焼き海老のカクテルサラダ
 旬の手まり鮨

お椀もの
 温かい南瓜とじゃがいものスープ
      蟹身を添えて

お造り
 鮃香菜巻き
 鮪アボカド印籠
 牡丹海老
 妻もの一式 山葵ソース

焼き物
 黒豚ロースの網焼き
 葱ポン酢と山葵を添えて


 黒米のリゾット
 茸と冬野菜の香り
 
温物
 鯛のかぶら蒸し
 葛餡掛け

進肴
 菊水庵のビーフシチュー
 根野菜たっぷり
 玉葱とセロリ甘酢漬

お食事
 鶏焼き小どんぶり
 赤だし

デザート
 抹茶シフォンケーキ

12
12日より1224日までお受け賜ります。
ご予約のお客様にはグラスワインをサービス
更には シャンペンに限りお持ち込み無料とさせていただきます

ぜひ、こじんまりとした当庵で静かなクリスマスの晩餐はいかがでしょうか。

ご家族の方と、素敵なあの方と、そして、大切な方と ぜひ、皆様のお越しを心よりお待ちしております。

謹賀新年 睦月 味の歳時記¥

11月 霜月 味の歳時記

11月 霜月 味の歳時記

霜月はいよいよ冬に向かい そろそろ早い所では初霜が降りる頃でしょうか。

時折降る時雨の時があったかと思うと,ぽっかりと暖かな春を思わせる、澄みきった青空にほんのりと暖かな小春日和 とは言うものの朝晩はしんと冷え込みがはじまる頃です

そして、思いだすのは七五三です
もともと、三味線や小唄や長唄の先生はだった母は、子供の私を待たせるほどの長い間 着物を選ぶのに一苦労でした。

お参りが終わると、記念撮影ですが、他の子供たちと神社の境内やそこかしこで,はしゃぎ回り、
「あなたは、お父さんがいないから 甘えてばかりと 思いきり平手打ちをされた事を思い出します。」

帰りには 同級生のお父さんが営む鮨屋さんに行き、「さっきはごめんなさいね。お母さんも仕事が忙しいから 寂しい思いさせてごめんね。お父さんは立派な料理人だった あなたもしっかりねと,, 私は涙でぐしゃぐしゃの顔をしながら、ちらし鮨を食べた事を思い出しま
.

箸の持ち方 背筋を伸ばして!お椀は手に取って!と厳しい人でしたが 道を踏み外しそうになったやんちゃな私のそばには 祖母同様に凛とした母の生きざまと,父の後ろ姿,困った時ほど,この私を助けてくれたような、気がします。

花が好きだった母の生けた山茶花、丁度この頃でしょうか

目で見る事は、できませんが、頬に受けたあの時の痛み、金木犀や山茶花、そして秋枯れの風景が心に染み込んで行きます。

霜月 木の葉降る 霜月御膳    490バーツ

《お造り 揚げ物 炊き合わせ 焼魚 サラダ 温物 椀 小付 》

霜月おまかせ          1000バーツ~

茸 新米 里芋 あさり 鮃 鰯 秋刀魚 金目鯛 河豚 野菜は、甘味が増し 魚は、身がしまってまいります

暖かなお料理にて皆さまのご来店お待ちしております。


      秋一味    菊水総料理長 心一献
 

10月 神無月 味の歳時記 


 神無月 古の平安ではかみなずきと呼ばれ、この時期、日本国中の神々が 出雲の国に集まり各地では神様が不在となることから、神無月と呼ばれました。 

こんな時は、万葉集などの和歌など紐解いてみると、なかなか楽しいものです。

お彼岸も終わり、なかなか商いで休めなかった母は決まって、お墓参りは10月になってからでした。
必ずといって良いほど、夕立があるので、小一時間ほど早めに出かけるのですが、道が混んだりしてたどり着くのは、やはり夕方でした。
お寺では名残の彼岸花、軒下の縁側にはけいとう、そして、ほんのり香る金木犀 私は、花に近寄り、金木犀のひとえだを手折り お墓に添えました。
お供えは、お萩とずいき「いもがら」里芋の炊き合わせ お酒とお花 夕立まえの、優しい風とひぐらしの鳴き声 時折竹やぶの笹がその風に吹かれ 子供ながら、私は、そこはかとなく季節の移り変わりと しきたりとゆうそのものに 心が動いているのがわかりました。
さて、お供えのずいきと里芋の炊き合わせ 母はその前日に 遅く仕事から戻ると、早速下拵え ずいきはゆでこぼしを2度繰り返し、水にさらしてから、味をつけてゆき 里芋は皮むきせず、さっと湯通ししてから、つるんと、手で皮むきしていました。
母は 「この時期、初めてのものおいしところまで包丁で剥いてしまってはかわいそう 」と白く丸い、小ぶりのお芋さんを昆布を敷いたお出しの中でゆっくりゆっくりと煮含めていました。

今、目の前の里芋を見ながら、ほっこりと里芋の料理を考えています。

 

9月 味の歳時記

暑さ寒さも彼岸までなどと申しますが、
   この月は、中秋の名月と呼ばれ古より
   祝い事や、祭り事が行事として行われ
   て来ました。
   一年で一番美しいとされる長月の月
   十五夜が近ずくにつれその輝きは、
   一層増し明るさを放ちます。

   月のあかりは何とも言えず、神秘的
   ですね。

   秋分の日を中日とし、前後三日間は
   お彼岸と呼ばれ、日本の年中行事の
   一つです

   九月九日重陽の節句 
   中国陰陽五行説では この九と言う
   数字が最も縁起の良い数字で
   さらに、陽の日であるこの九日が
   重なる最良の時とされきました。
   
   古代中国ではこの 菊の花は仙人の
   住むとされる仙境にのみ咲くと言われ
   この菊には不老長寿 邪気を祓うと
   言われ悪いものを取り払う花とされ
   ていました。
  
   この九月九日 重陽の節供にはかかせ
   ない存在だったのです。

   そして、この日は亡き母の命日
   よく祖母と共に、お彼岸のおはぎを
   つくるため小豆を祖母が炊き、
   母がもち米をふかし そのそばで
   お台所の鍋やら 竹で編まれた数々の
   道具をおもちゃにしては、叱られた事
   思い出します。

   少し小ぶりのおはぎを握りながら
   母は、「おはぎを拵えるにはまず
   小豆は前日に豆の大きさを揃え 
   汲み置きした水に浸し、もち米も
   きちんと量りにかける。この前日から
   用意することが繋がりなのですよ」
   と話していたのを思い出します。

   田舎の親戚のため
   団子とお神酒 すすきを用意し
   お月様のよく見える場所に飾りつけ
  
  「今年もお米がよく実り豊作であります
   ように 」と手を合わせていました。
   そして、お盆には
   名残の枝豆ととうもろこし そして
   里芋や団子 子供のころ とても
   楽しみでした。
   
   ますます、山の幸 海の幸が豊富に
   なり、楽しみな季節になりました。

   凛として お料理をつくる母を偲び
   初心にかえり、皆様をお迎えしたい
   と思います。


    長月御膳        450
    
    《お造り 揚げ物 焼き物 
     小鉢 酢の物 サラダなど》

   その他、秋野菜 秋刀魚 鰯 
   松茸 茸 芋 鍋料理 おまかせなど
   ご用意してお待ちしております。